ジャパン福岡・ペプシコーラ販売 プライバシーポリシーお問合わせ
 
TOPICS自動販売機を設置したい方ペプシコーラを導入したい方取扱商品のご紹介リクルーティングペプシミュージアム会社概要関連リンク
ペプシは、アメリカの薬剤師によって発明されました。もともとは消化不良の医療薬だったのです。ライバル社の商品も同じでしたが、ただペプシより13年も早く市場に出ており、それが決定的な差を生んでいました。
それ以来、ペプシの歴史は挑戦の歴史だったのです。
ここでは、そんな挑戦者たちを紹介していきたいと思っています。挑戦者といっても人物とは限りません。それは、今回のロゴマークだったり、瓶だったり、最前線で働くスタッフの汗に汚れたユニフォームだったりします。
 


1898年のロゴマーク
1898(明治30年)ペプシコーラ誕生。
米国ノースカロライナの薬剤師キャレブ・ブラッドハムが調合した消化不良の治療薬がペプシコーラのルーツ。主にコーラナッツ、バニラビーンズ等を原料にしたもので、“Brad's Drink”(ブラッドの飲料)と呼ばれる飲料として薬局で製造、販売された。後にコーラナッツのコーラと消化酵素のペプシンから「ペプシコーラ」と名づけられた。

1905年のロゴマーク
1902(明治34年)ペプシコーラ・カンパニーを設立。
1902年ペプシコーラ・カンパニーを設立し、ペプシコーラの本格的な販売を開始する。
フランチャイズ制の清算・販売システムの拡大によって、1906年までには全米に200のボトラー(製品を瓶に詰め、販売する会社)と契約する。

1906年のロゴマーク
1930年代(大恐慌の時代)
当時ソフトドリンクのほとんどが1瓶(6オンス)5セントで売られるなか、ペプシコーラは12オンスを5セントで販売。当時としては珍しいラジオ・コマーシャルを大々的に使用し、発売と同時に売上げを大きく伸ばす。コマーシャルソングも流行し、100万枚以上のレコードがジュークボックスに入れられた。

1940年のロゴマーク
1948(昭和23年)本社をニューヨークへ移転。
 



1950年のロゴマーク

1950年代初め 精力的な宣伝活動を展開。

1950年代初め、社長のアルフレッド・スティールがしゃれたデザインのボトルを採用し、ペプシコーラを軽い、低カロリーのソフトドリンクと位置づけ、妻で女優のジョアン・クロスフォードと精力的な宣伝活動を展開する。

1956(昭和31年)ペプシコーラの日本における一般販売が認可される。
1947年に米軍用として、ペプシコーラが日本に上陸。そして1956年に、日本での一般販売が認可されて、翌年に販売を開始した。
1958年11月には日本ペプシコーラ(株)を設立。当時リターナル瓶(192ml)35円で発売された。

1959(昭和34年)
社長のドナルド・ケンドールがソビエトのフルシチョフ書記長にペプシコーラを試飲させる。ペプシコーラはソビエト政府と販売契約を結んだ最初のアメリカ製品となる。



1962年のロゴマーク
1963(昭和38年)

ベビーブームの時代に生まれた世代を“ペプシ・ジェネレーション”と名づけ、過去にしばられず、未来へ向かう若者を「ペプシの象徴」とする大々的なキャンペーンを開始。翌1964年には、低カロリーのコーラ飲料「ダイエットペプシ」、「マウンテンデュー」を発売。


1963(昭和38年)創業
西日本飲料株式会社設立現:ジャパン福岡・ペプシコーラ販売株式会社
福岡市東区に西日本飲料株式会社を設立。ペプシコーラの福岡・佐賀・長崎3県の独占販売会社としてペプシコーラおよび関連製品の製造・販売権を取得。

1967(昭和42年)6月 ペプシコーラ缶入り(250ml)発売。
 
1971(昭和46年)缶自動販売機導入。
 


1973年のロゴマーク
1975年(昭和50年)“ペプシ・チャレンジ”キャンペーン開始。

ブランド名を隠して行われたコカ・コーラとの味覚調査でペプシコーラが消費者から高い評価を得たことから、消費者がペプシコーラとコカコーラを試飲し、どちらが好きかを選ぶ様子を“ペプシ・チャレンジ”としてそのままコマーシャルとして放映し、大きな反響を呼ぶ。


1984(昭和59年)

社長のロジャー・エンリコは、マイケル・ジャクソンとCM契約を結び、独自のミュージック・キャンペーン、“Pepsi,The Choice of a New Generation”を開始。以後、ライオネル・リッチー、ティナ・ターナー、マドンナなどビッグアーティストを次々に起用する。
同時にコカ・コーラ社を引き合いに出しユーモアたっぷりに表現した挑戦広告を展開し、広告界に新風を吹き込む。


1991年のロゴマーク
1986(昭和61年)UPを傘下に加える(米国を除く)。

ケンタッキー・フライドチキンを傘下に加え、世界最大のレストラン会社となる。



1995年のロゴマーク
1995(平成7年)

米国の国民的なイベント「スーパーボウル」のテレビ中継時における広告高感度ランキングでペプシコーラCM「インナーチューブ篇」が1位を獲得。
2位と3位もペプシの作品で独占する。


1996(平成8年)"ペプシマン"キャンペーン開始。

TVCM「ペプシマン・登場編」放映、CM総合研究所3月度CM好感度第1位となる。


1998(平成10年)ペプシーコーラ生誕100周年。

ブルーをベースにした世界統一のパッケージ「新ペプシコーラ」を発売。


1998(平成10年)

サントリー株式会社がペプシコーラのマスターフランチャイズ権を取得、日本でマーケティングおよび製造・販売を開始。


1999(平成11年)

ペプシコとサントリー株式会社がノースカロライナ及びニューヨークにおけるボトリングのネットワークをつなぐ合併会社を発足する契約を締結。


1999(平成11年)"PEPSI スター・ウォーズ キャンペーン"実施。

「スター・ウォーズ キャンペーン」開始直後から、大好評を博す。


2005年のロゴマーク
2006(平成18年)"ペプシネックス"世界初登場。

サントリーオリジナルPEPSI新ブランド「ペプシネックス」が世界初登場!


2007(平成19年)"ペプシネックス"パワーアップ。

"ゼロカロリーでおいしいコーラ"、ペプシネックスがさらにパワーアップして登場。CFには福山雅治、妻夫木聡、沢尻エリカを起用。


2008(平成20年8月)"ペプシネックス"新キャンペーン。

ペプシネックスの新キャンペーンに岡田准一さん、松本潤さん、香里奈さんを起用。


2010(平成22年3月)"ペプシネックス"の新キャンペーンで豪華アーティストが競演。

ペプシネックス新TV-CMに「コブクロ」「L'Arc〜en〜Ciel」「倖田來未」を起用
人気アーティストが、超メジャー洋楽曲カバーで豪華競演。

ペプシネックスのデザインを一新。
新しいPEPSIのロゴマークとグローブマークを
使用してより洗練されたデザインになりました。
ページトップ
 
トップ戻る ホーム